朝鮮人動員の地を巡る。「香川県 観音寺市海軍飛行場」

(写真:飛行場があったと思われる周辺地域)

昨年、高知県内で開催された「朝鮮人強制連行 史跡巡りツアー」への参加がきっかけで、第二次世界大戦中の朝鮮人強制連行への関心が高まったこの頃。

名田先生の残された書物の中に「朝鮮人強制連行調査の記録 四国編」というものを見つけた。

1990年に結成された四国の朝鮮人強制連行真相調査団が編著を行った書籍である。

日本人と朝鮮人で構成された調査団は、四国四県の強制連行について、資料発掘や証言者の聞き取り、現場確認を行い、実態が全く知られていなかった四国での強制連行の事実にメスを入れた。

本書には、その調査の記録が詳細に記載されている。

四国内でもこれほど多くの場所で、朝鮮人の方々が、強制的に働かされていたという事実に驚きを禁じ得なかった。

今後、ここに記載されているような歴史の事実自体が風化したとしてもおかしくないと感じる。

そうした風化を防ぐために、新たな調査は難しいとしても、実際に足を運び、本書に記載されている内容を、研究所として今後も紹介していきたいと思う。

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香川県観音寺市には、1944年頃から建設が進められ、戦前に完成こそしたものの、実際にはほとんど使われることがなかったという「観音寺市海軍飛行場」がある。

国家総動員法に基づいて、住民の立ち退きが強制的に進められた結果完成した飛行場であるが、現在、その周辺地域に当時の面影はほとんどない。

この「観音寺市海軍飛行場」の建設作業についても土工要員として、朝鮮人が動員されていた。

「香川県知事引継書」には、「朝鮮人強制労働者は453名」と記録されている。

飛行場建設は土工作業が主で、土を運ぶトロッコ押しの作業をしていた労働者のほとんどが朝鮮人だったそうだ。

飛行場の近辺には、約250人が寝泊まりできる大型の建物があり、逃亡者を防ぐため、夜は寝ずの見張りがついていたそうである。

また、現在の中部中学校近くの軍川沿いに、30ほどの部屋を区切った「慰安所」の建物があったとの証言もある。

その慰安所の慰安婦が朝鮮人かどうかはわからないという。

ほとんど使われることのなかった飛行場のために働かされた朝鮮人労働者も、建設によって、田畑や家屋を立ち退かされた地元住民も、いわば戦争の被害者である。

戦争の「むちゃくちゃさ」を実感するとともに、飛行場建設に関する当時の様子を現地でほとんど感じることができないのを残念に思う。

(文・愛媛現代朝鮮問題研究所)

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【書評】「たかし言質論第3集 北朝鮮はなぜ、核保有宣言をしたのか」書評『自衛のための核保有』

日朝関係を語る上で、欠かせない核問題。本書では、朝鮮が核兵器を持つに至った経緯、またそうせざるを得なかった理由について考察されている。

現在、日本など米国に追従する国々では、朝鮮は「悪の国」であると決めつけ、朝鮮が経済制裁に対抗する目的で少しでも軍事的行動を起こしたならば(実際には人工衛星の打ち上げであっても)、国際社会への挑発とみなして朝鮮を孤立化させようとしている。

本書を読めば世間の主張が誤ったものであると気づくことができるだろう。

まず初めに、本書ではとあるエピソードが紹介されている。それは、戦前、日本が朝鮮を植民地にし、「日本人化」政策の一環で、日本語の使用を推進していた時の話である。

日本語を上手く話せない朝鮮人たちを不憫に思った日本人の女性たちが、ボランティアで日本語を教えていたという。

一見、善人に見える女性たちであるが、知らず知らずのうちに朝鮮の植民地化政策に加担していたことが感じ取れる。

こうした現象は、現代においても当てはまると考える。ニュースや新聞などの報道では、米国の朝鮮敵視政策を正義とみなし、善人のフリをして朝鮮の核保有を批判する場面を度々目にする。

そうした人たちは、朝鮮批判について悪びれる様子は微塵にも見せず、自分こそが正義だと言わんばかりに気持ちよさそうに話をしている。米国の思惑に乗せられているとも知らずに…。

 本書を通して、朝鮮の核保有が日本を攻撃するためではないこと、各国からの経済制裁及び米国による核攻撃の脅威に対抗するため、自国を守る目的で核を保有していることが理解できると思う。

また朝鮮半島の非核化(南朝鮮からの米国の撤退)に向けて戦う朝鮮から日本が見習わなければならない点が見えてくるのではないかと思う。

(文:愛媛現代朝鮮問題研究所)

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【書評】「たかし言質論第4集 朝鮮問題へのレッスン」書評『朝鮮分断の真実を知る』

「たかし言質論第4集」では、朝鮮半島分断に関する歴史や朝鮮分断の要因となっている政治勢力を明らかしているほか、朝鮮戦争停戦協定までの歴史を読み解く中で、米国が朝鮮に対して行なってきた犯罪性についても考察されている。

先生は、本書を通して我々日本人に正しい歴史認識や政治観を見つめ直す機会を与えてくれた。

そして、今を生きる人々はその真実を知った上で、主体的に考え行動していく必要があると教えてくれた。

本書では、まず、朝鮮半島の平和と安定を妨害する米国の軍産複合体制について説明されている。

米国複合体は、世界各国の政権を動かす力を持っており、この利権に群がる資本家や米政府高官らは自らの体質・体系を保持するために米国や同盟国の脅威となる敵対勢力(アジア地域では朝鮮や中国)を必要としている。

つまり、朝鮮を危険な国だと印象操作することで米国の利権を守ろうとしている。こうした事情があるため今日まで朝鮮半島問題が解決されないのだと考えさせられる。

次に、第二次世界大戦以降、朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国という2つの政府が成立した背景について説明されている。

米国は、反共戦略のため国連の場を利用して南朝鮮で単独選挙を実施し、李承晩政権を誕生させた。

対して、金日成は南北朝鮮の代議員からなる最高人民会議を開催し、朝鮮民主主義人民共和国を樹立した。

こうした歴史を知ると、どちらが本当に朝鮮人のための政府であるかは明確ではないだろうか。

また、日本や韓国の政治家と違い、民族のために圧倒的軍事力を持つ米帝と果敢に戦う金日成の姿が目に浮かびはしないだろうか。

朝鮮半島に2つの政府が誕生した後、朝鮮戦争が始まる。日本を含む西側諸国では朝鮮が38度線を突破して韓国領に侵入したとされているが、真実はそうではない。

こうした説は、米国の朝鮮侵略を正当化するために、米国が作り上げたストーリーであることが解説されている。

米国が李承晩政権を利用して反共政策を推し進める中、朝鮮では戦争の危機を防止するために8.15解放5周年を祖国の統一で迎えようとするなど対策を講じていた。

そんな中、米国は法的根拠もないまま朝鮮侵略を推し進め、朝鮮の軍事的統一を目指したのである。なお、本書で記されている米軍の朝鮮人に対する集団虐殺行為は、目を背けたくなるほど極めて残酷で無慈悲なものであった。

しかし、今を生きる人々は、たとえ残酷であったとしても真実を知る必要がある。

米国が行なってきた朝鮮侵攻の歴史について、どれだけの人が正しい認識を持っているだろうか。また、卑劣な米帝国主義政策に対し、真っ向から批判し戦っていた金日成の功績を知っているだろうか。

朝鮮戦争によって多くの人命が失われた反面、米帝の圧倒的な軍事力に対抗するためには、思想の団結が不可欠であることが実証された。

これら朝鮮分断の歴史を紐解くことで、今の日本人及び日本国政府に欠けているものが何か見えてくるはずである。

(文:愛媛現代朝鮮問題研究所)

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【書評】「たかし言質論第5集 ポピュリズム化する安倍晋三」書評 『日朝関係を正しく理解するための一冊』

【著者紹介】
名田隆司(なだ たかし)
1936年大阪生まれ。学生時代から社会サークルを結成し、新聞社に就職後も記者としての仕事の傍らで環境、市民運動、朝鮮問題といった多くの社会運動を行う。
1970年代にチュチェ思想と出会い、朝鮮関係の著書執筆のための取材活動を目的に50回以上訪朝。
1990年に愛媛現代朝鮮問題研究所を立ち上げる。著書執筆の功績として朝鮮から共和国親善勲章一級、朝鮮作家同盟賞、名誉博士称号など多くの賞を受賞する。
2014年に膵臓癌の手術を受けながらも同研究所ブログにて500を超える作品発表を続ける。
2018年、長い闘病生活の末、82歳で逝去。

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「たかし言質論第5集」は、愛媛現代朝鮮問題研究所代表の名田隆司先生が生前最後に作成に携わった遺作である。
内容は、過去に研究所のブログに掲載した記事をまとめたもの。
闘病中にも関わらず、精力的に活動されていた名田先生の朝鮮問題に対する強い思いが感じられる一冊だ。


日本には日朝関係に関する新聞やニュース、政府の報道を鵜呑みにする人々が多く存在し、そういった人々は「北朝鮮」と聞くと、拉致問題や核兵器製造国といったワードを連想し、怪しい国であるとか、危ない国であるといった印象を持つ。

本書では、これらの印象が米国や日本の政治家による印象操作によって植え付けられたものであることを指摘するとともに、拉致問題をはじめとする朝鮮問題に対する日本政府の姿勢、そして日朝間の諸問題を解決するための考え方について考察している。


本書ではまず、拉致問題が今日まで解決しない原因について1990年代まで遡り解説している。
日朝政府間交渉について、日本は1990年の第一回南北首脳会談や韓国・ソ連の国交樹立、1992年の朝米高位級会談開催などの南北間の関係改善や朝米関係における朝鮮半島のデタント化に刺激されてようやく動き出すこととなった。
1990年、当時の金丸信元副総理と田辺誠社会党副委員長らの代表団が訪朝し、金日成主席と会談し「三党共同宣言」を発表した。
その宣言の骨太は「三党は過去に日本が三十六年間、朝鮮人民に与えた不幸と災難、戦後四十五年間、朝鮮人民が受けた損失について、共和国に対して十分に公式的に謝罪を行い、償うべきである」というものだった。
 
こうして、日朝両国は国交正常化に向けて動き出したわけであるが、これに対し、米国は日本に「日朝政府間交渉に際し、核廃棄や経済制裁など圧力をかけるように」との注文をつけてきた。
当時、こうした米国からの圧力がありながらも2000年まで日朝政府間交渉が続けられたのは朝鮮側の真摯な姿勢があったからであるが、米国は日朝交渉の中心人物であった金丸信の政治献金疑惑を暴露し、彼の政治生命を絶つことによって日朝交渉を挫折させた。

この一件以降、米国の了解なく先行交渉する政治家は、米国により政治生命を奪われてしまうという「金丸トラウマ」に陥ることになる。
現在の日本政府が、米国に追従し朝鮮に圧力をかけるようになったのは、米国に政治生命を握られているという背景があったからにほかならない。
仮に、当時の日本政府が「主体性」を持ち、米国から自立し、日朝国交正常化を目指していたならば、朝鮮半島の「今」は大きく変わっていたであろう。

しかし、「三党共同宣言」を発表し、日朝国交正常化を目指した金丸信が政治生命を絶たれたにもかかわらず、「日朝平壌宣言」を発表した小泉純一郎元総理が政治生命を絶たれなかったのはなぜか。
それは、小泉元総理の訪朝は表向きこそ拉致疑惑問題解決を目的としていたが、その真の目的が米国の朝鮮視察のための「特使」的役割だったからである。

その訪朝を通じ、「拉致疑惑」が「拉致問題」に変わったことを受けて、小泉元総理とブッシュ元大統領は、拉致問題を人権問題で朝鮮を追及していくための「道具」として利用していく「密約」を結んだのではないかと先生は本書で指摘している。

米国に追従し、拉致問題を政治利用することとなった日本政府は、朝鮮に各種圧力を加えることで拉致問題を解決しようと試みるわけであるが、この策では拉致問題を解決することなど到底不可能である。

例えば「日朝平壌宣言」では、①国交正常化の早期実現への努力②過去の植民地支配の反省と謝罪、朝鮮への経済協力③国際法の遵守、日本国民の生命及び安全と関連した懸念問題(拉致、工作船)について再発防止のための適切な処置をとる④核問題解決のための国際的合意の遵守、という項目について、「一括妥協方式」で諸問題を解決することが決められた。ここには、日本政府が度々主張する「拉致問題の先行解決」については列挙されていない。
ここで、先生は「日朝平壌宣言」が確認しているように、日朝国交正常化の前に植民地政策について清算する必要があるとし、そのためには、拉致問題を政治利用することで反朝鮮や嫌朝鮮のムードを作るのではなく、日朝双方が歩み寄る必要があると述べている。

日本で拉致問題をはじめとする朝鮮問題を正しく認識している人はどれくらいいるだろうか。
おそらく、大半の日本人が米国や日本の政治家による情報操作が原因で、朝鮮について誤解をしていると思う。
「日朝平壌宣言」や「ストックホルム合意」を見ても朝鮮は、日本と対話をする意思を示してきたにもかかわらず、それを反故にしてきたのは米国とそれに追従する日本の政治家たちであった。


日朝間の問題は、米国の顔色を伺いながらではなく主体性をもって、日朝間で話し合われるべきである。
そのためには、正しい歴史認識を待った上で、互いの国が自立し、主体的に話し合う必要があるが、日本には日朝間の問題について、目を背けている人が多いように思う。
そのような人たちにこそ名田先生の著書を手にとってほしいと感じている。



(文:愛媛現代朝鮮問題研究所)



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朝鮮人動員の地を巡る。「高知県 津賀ダム」

(写真:津賀ダムの平和祈念碑)


高知県大正村(現在は四万十町)の山奥に位置する津賀ダム。

このダムの建設に、第二次世界大戦中、約300人の朝鮮人が動員された。飯場では、世帯で暮らしていた朝鮮人もおり、当時の記録や証言などによれば、その内100人ほどが朝鮮から強制連行された人々だった。

建設作業自体も、きつい、汚い、危険なものであったそうだ。

分かっているだけで死者は5人。その他にも、事故で、ダム本体の工事中に落下した朝鮮人の遺体を引き上げることなく、セメントを流し込んだという証言もある。

高知県内では、津賀ダムの他にも各地のインフラ建設等で朝鮮人が動員された記録が残っているが、この津賀ダムには唯一「平和祈念碑」がある。

犠牲となった朝鮮人労働者の追悼と平和を願うことを目的に建設されたものだ。



津賀ダムでの朝鮮人強制連行の問題については、高知県内の幡多(はた)地域の高校生サークル「幡多高校生ゼミナール(幡多ゼミ)」が1990年から調査している。

2009年には、幡多ゼミのメンバーはは、高知県を訪れた韓国の高校生や若者らとの交流も行ったそうだ。

若い世代がこうした日韓の歴史問題に関心を持ち、負の歴史を闇に埋もれさせないようにしていることを素晴らしいことだと思う。

私自身も、津賀ダムを訪れ、改めて歴史問題を風化させないことの重要性を再認識し、本記事を執筆している次第である。


地元の朝鮮人無縁墓を長年にわたって供養してきた中平吉男さんによれば、動員され、働いていた朝鮮人が悪さをしたといった話はない。むしろ地元の小学校では、日本人も朝鮮人も関係なく友情を育んでいたとのことであった。
また、3人の朝鮮人青年は、地元の日本人女性と結婚したそうだ。

過酷な環境の中、少しでもこうした心温まるエピソードがあるのは、せめてもの救いであるように思う。


縁あって、私は高知県内で行われた朝鮮人強制連行に関する史跡巡りツアーに参加し、津賀ダムの存在を知ったのだが、参加者の方の一人が「朝鮮人強制連行は、現在の技能実習生制度の構図と似通った部分がある」と仰っていたのが印象的であった。

その生涯が閉じるまで祖国の土を踏めなかった朝鮮人の方々の魂が、せめて祖国で安らかに眠っていることを願う。


(文・愛媛現代朝鮮問題研究所)



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はじめまして

当団体、愛媛現代朝鮮問題研究所は、朝鮮問題の研究者として知られる故名田隆司先生が立ち上げられた朝鮮民主主義人民共和国およびチュチェ思想を研究する学術団体です。

名田先生の、「朝鮮問題を正しく理解してもらいたい」という遺志を受け継ぎ、これを広めるべく情報発信などを通じた活動を行っていく予定です。

このブログでは朝鮮問題やチュチェ思想に関する様々なトピックを紹介していくとともに、朝鮮問題を正しく理解するためのコラムなどを不定期で掲載していく予定です。

マスメディアの朝鮮に対する報道は偏向した部分が多々あり、事実が曲解されているものも散見されます。当研究所の活動が、視野を広げ、朝鮮を理解するのに少しでも役立つことができればと考えています。

ホームページからは名田先生が過去に執筆した記事も見ることができますので、ぜひそちらもご覧になっていただければと思います。

  • 名田先生が過去に執筆された記事については こちら から

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